ありのまま 穏やかに

(2010/02/21 Sun)
この数年で、問題のある偽牧師の行動を見たり聞いたりしていると、
本当に気持ち悪いほどの共通点があり、なぜこんなに同じパターンを
繰り返すのだろう、という思いになります。

そして、それを取り巻く「牧師」と呼ばれている指導者の一部には、
問題を聞いても、被害者が目の前にいても、神様とか信仰にすりかえて
片づけようとする人がいます。

ただやみくもに「希望を持つ」とか「神に癒されなさい」とか
言ったとしても、現実的な対処がなければ全く意味がありません。

ただ無条件に「信じなさい」というのは、本当に危険だと感じます。

例えば宗教が違っても、勧誘する意味は全くなく手を差し伸べて、
親切にしてくれる人がいます。
そして、特に被害者に対して何の手も貸していないキリスト教のある牧師は、
別な宗教の絵画が飾ってあるだけで無条件に睨みつけていたのを見たことが
あります。

キリスト教以外のささいなことで「悪魔が働く」といって、信徒に無条件に
信じさせているのに、カルト化の牧師に対しては「キリスト教」だから
という理由だけで「神の許しがあるように祈りなさい」と、被害者の話を
きちんと聞かず、教えをおしつけようとする指導者や「信仰の先輩」が
います。

また、被害者は心がぼろぼろになって傷付いて、立ち上がることも息を
する事も苦しい時期に「これは戦いなんだから!あなたが立ち上がら
なかったらどうするの!」という人もいます。

もちろん、こんな指導者ばかりではありません。
本当に親身になって一緒に痛みを感じて、ただ、寄り添って話を聞いて
くれる指導者、牧師の方もいます。

被害者にとって、それぞれ癒される手段は違うと思います。
どれも正解なんてないと思います。
ただ聖書に書いてあるから、これが常識的に正しいやり方だからと言って
おしつけていくのは、あまりにも思いやりがない気がします。

ただ、苦しいのです。
それを理解して欲しいと思うのです。
「一緒に寄り添うだけでは何の解決にならない」と感じたとしても、
後で、ただ一緒に寄り添ってくれた記憶は暖かい感触として残って、
それが生きるための力につながるのだと、感じています。

本当に最後に立ち上がるのは、自分の心から始まる他はないから。




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(2010/02/21 Sun)
偽教会を脱出して、もう2年半以上がすぎました。

もう2年以上といっても、10年以上の月日で作られた思考は
そう簡単に消えるものではありません。

まだまだ恐怖感やトラウマに関する嫌悪感が抜けずにいます。
ここから解放されるには、自分の気持ちや記憶を整理しなくては
いけないんだと思っていても、自動的に考えてしまう頭の中を
コントロールするのは、本当に難しいです。

偽牧師の考えは、普通では想像がつかないほどの理屈で人を
利用してきました。
それを、「当たり前」のように飲み込むクセを無理やり自分の中で
作ってしまい、理不尽な自分への仕打ちも「神のため、私のため」
とすりかえて考えていくような習慣を作りました。

でも脱出した後、それを全て壊さなくてはならないとわかって、
取り組んでいる最中ですが、その間の苦しい気持ちや悲しみを
伴う作業は、非常に辛いものがあります。

脱出して間もない頃は、10年以上誰にも言えなかった思いを
色々な人に聞いてもらうことが出来て、とても救われた気持ちに
なりました。

それだけでも、報われた気持ちになりました。

あとは、自分自身で努力しなくてはいけないと思っています。
何のために生きようとしていて、何を目標にしていくかを
もう一度考えなくてはならないと考えています。




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(2009/12/13 Sun)
最近、元教会員仲間と集まって、偽牧師から
受けた様々なことを話し合い、まとめていました。

そうすることで、
このブログを書き始めた2年前の自分の気持ちと、
今の気持ちが違うことを発見しています。

まだ、2年前は「利用された」とわかっていても
実感を伴っていませんでした。
だから、「偽牧師は、人を見たら誰でも、
まず利用する事を考えている」などという
言葉を聞くと、
「そこまでではないでしょう?」とか
「まさか、それはないでしょう」と思ってしまい、
仲間相手に説明していたことがありました。

でもそれはまだ、偽牧師の言葉を一部信じていた
からであり、まだ「私は偽牧師に守られていた」
と考えていたからでした。

でも、今になって、色々な女性問題や被害の事を
話し合っていると、「人を利用するため」だったと
受入れる事ができました。

10年以上と言う月日の一日ずつを見ると、少しずつ
なのでわかりませんでしたが、
その問題だけを取り上げてまとめてみると、本当に
どれもが同じようなパターンで人を惑わせていた
と、改めて(今更ですが)思いました。

それだけ、本当に細かな偽牧師の一言一言、態度の
一つ一つが「偽牧師の思い通りに動かすため」の
ものだったのに、
私は、それをすべて受け止め、頭の中に深く入った
ままだったのです。

それは私だけではなく他の人に対してもそうでした。
少しでも女性問題の疑いをもたれそうな女性信徒
がいたら、偽牧師は他の信徒に先回りをして
「あの人は最近、精神的に不安定なんだ」とか
「あの人も以前、男性関係があったみたいだ」などと
話して、先に不信感を持たせていました。

私の場合は、もう最初から、
「教会の女性信徒は嫉妬しやすい。もし俺との
ことを知ったら君がいじめられる。俺は前の
教会でもその経験をしたからわかる(実際は
偽牧師が原因だったのですが…)。」と、
教会の信徒への不信感を持たされ、

「世の中の人間は、俺が生き生きと生きているから
妬むようだ。」と、世間の人たちにも不信感を
持たされ、

「お前のお父さん、お母さんが妊娠中に浮気したって
聞いた事があるけど…」と(あとで嘘だとわかりました)、
家族にまで不信感を持たされました。

そして、最終的には、偽牧師しか信用できない、という
状態に持って行かされていました。

私は当時、「教会を通して人間関係を学んだ。
特に女性は自分の欲を出しやすいんだ…」と思って
いましたが、そうではなく、これらはすべて
「壊すべきもの」だと認識しました。
だから、もう一度、人に対して、女性に対しての
認識を学び直す事が必要だったのです。

2年前の自分の、まだ信じていた気持ちを考えると、
本当に「気持ち悪い」と感じてしまいます。
でも、これが、マインドコントロールだったのです。

カウンセラーにこの事を聞いてもらいましたが、
「確かにリハビリは簡単には終らない。でも、
ここまで気づく事ができたのも進歩だ」と言って
下さいました。

自分では一生懸命考えて「変った」と思っていても、
まだまだ埋め込まれた部分があり、そのたびに
ショックがあります。

でも、改めて理解できたことも進歩の一つだから…。
あきらめず、進もうと思います。




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(2009/11/22 Sun)
少しずつ、カルト化教会で教えられたことが
とけたのかな、と思うことがあります。

それは、やっぱり私は無意識に
「クリスチャン以外の人とは隔たりがある」
という気持ちがどこかにあったようです。

自分に変化を感じるまでは、「そう教えられた」
と頭でわかっていても、本当にそれが心の奥に
あったことまではわかりませんでした。

だから、脱出したあとも、いつも「この世」と
教えられていた人(要するに、世の中の人すべて)
に対して怖れをもっていました。
それは、昔、ある有名だといわれている指導者が
「私はノンクリスチャン以外の中で働くことが
あったが、毎日が戦いだった…」という言葉が
あったり、常に「この世のものは肉的」だと
ずっと分けて考えるようにさせられていたから
です。

ただでさえ、もともと対人恐怖で相談に
きていた自分だったのに、
「君が生きている環境は(サタンがいるから、
または神様を信じてないから罪人だらけで、
という理由で)恐怖で一杯だ」
と教えられているようなもので、

そのうえ、
「クリスチャンになっても、権威のある指導者や
献身者には敬意をはらえ」という
2重の拘束があって、どこにいても、自宅にいても
つねに恐怖がつきまといました。

でも演技だけは上手になってしまったので、
元気なふりができていました。
元気でなければ、ゆるされなかったからです。

恐怖の裏返しで、それを隠すためのかなり
強気な印象が前面に出ていたと思います。

脱出して2年以上たっていても、無意識にまだ
身構えてしまう自分がいますが、少しずつ
とけてきているのかな、と思います。

たとえば、今まではなるべく自宅にいても自分を
隠そうとしていましたが、無理をしなくても自然に
その場にいれる自分になっていたり・・。

まだ、ずっと習慣化されてしまった考えが
頭に残っているので無意識に「逃げたい」という
思いが出てきますが、
きっと、自分が少しでも回復するように考えて
いけば、それも少しずつ軽減されていくのでは
ないかな、と思います。

「人を救う」と言っているはずの指導者達が、
次々と人を傷つけているという現実があるのは
本当に苦しいことです。

こんなことが、少しでもなくなっていけば
いいです。
そのために、自分の声は小さくても、
少しでも記録に残してければと思います。




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