ありのまま 穏やかに

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少しずつ

最近、自分の心が変わってきたのか、
気持ちが落ち着きはじめています。

偽教会を脱出したばかりのときは、絶望的な気持ちで
いっぱいでしたが、
その後、偽教会や宗教や、カルトとは全く無縁な
人達と出会うこともでき、平安な気持ちに
なることが多くなりました。

以前は、何もかもが恐怖で、すべてに壁があって、
乗り越えられないのかもしれないと思っていましたが、
今は少しずつ、自分でも生きていけるかもしれないと
考えられるようになりました。

それはやっぱり、周りの方々の協力があったからだと
思います。
特に、脱会当初からずっと話を聞いてくれたカウンセラーの
方や理解して下さる方々の存在は大きかったです。

偽牧師はカウンセラーを名乗っていましたが、
結局は、自分の考えを押し付けられ、
マインドコントロールされ、
「お前にはこの方法で絶対に癒される」といわれて
自分の心をないがしろにされてきた結果、
自分で選ぶ権利を奪われてしまいました。

でも、カウンセラーの方や、きちんと理解してくれる
方々は、自分の考えは絶対に押し付けず、聞いている間は
意見を挟んだりせず、考えさせてくれる時間をしっかり
持ってくれました。
私の心の自由を尊重してくれました。
「この方法を取りなさい」とか「これは絶対あなたにとって
いい」とか「この人に会いなさい」とか、そのようなことは
言いませんでした。

そして、外に出てみて発見したのは、
「自分で選ぶ権利を尊重しない」というのは、偽牧師の時だけで
はなく、一見カルトに関係のない人であっても、
「自分の考えが良いんだ」と思う人に出会うと、そのような
心の窮屈を覚えることがある、ということです。

以前は自分の心が弱っていたため、本当の本心は
「私はこうしたい、そっとしてほしい」と思うのに、
そういえず、あわせてしまっていましたが、
今は、その見分けが、少しできるようになったかな、と
感じています。

なので、自分の癒し方も、自分が安心できる手段も、
自分で考えて、方法を選ぶ…。
そんな風に生きて行きたいと思いました。



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平気でうそをつく人

偽牧師は、今思えば平気な顔で、うそをつき続けることが出来る
人間なんだと思い知らされます。

被害に絶えられずに偽牧師から出て行った女性信徒のことを、
周りの信者に

「僕と結婚したかったみたいだけど、それがかなわなかったから
出て行った」

と、平気でいいます。

カウンセリングを利用し、困っている人を平気で欺いて、
心身ともに傷つけ続けて、考える力を失わせているのは
自分だという自覚がまるでないかのようです。


また、自分の過去にもうそをつき、「自分は哀れな人間だ」
と印象付ける話もします。

「自分には若い頃つきあっていた彼女がいたけど、教会の主任牧師に
寝取られた」

また別な人に

「自分は10年前につきあっていた彼女がいたけど、他の教会の
主任牧師に寝取られた」

と話していたことも知りました。

別々な教会で同じことが起こったことになります。

そんなに頻繁に、偽牧師とつきあっていたとされた女性を他の
牧師が『寝取る』という事態が起こるでしょうか。

偽牧師の過去を知る人は、

「彼には若い頃、つきあっていた彼女がいたと思う。でも、
なぜ別れたかというと、彼が彼女の親友に手を出して、問題になり
教会から追い出されたはずだ」

と話してくださいました。

プロフィールには、たくさんの経歴や学歴が載せてあります。
それで、多くの人がその偽牧師のことを信じやすくさせ、
頼られるように作り上げていました。


偽牧師は、心が弱っている相談者に対して、共通したうそを
つき続けています。
特徴は、「自分は哀れな生い立ちで、純粋に生きていたために
信者にまで裏切られた過去を持つ。でも、神様のために
こうして、一般の人とは違う活躍をして、周りの人の力に
なっているんだ」
という流れです。

それは、全部利用するためです。

偽牧師が悪く言う信徒は、すべて献身的に偽牧師や偽教会へ
協力してきた人たちです。
でも、真実に気づいて協力ができなくなったり、限界が来て
出て行ったときに、偽牧師は手のひらを返したように
うそをついてまで、その人の批判やデマを言います。

そして、「出て行った信徒たちは、自分のデマを流している。
逆恨みのためだ」と信じたいのか、そう信じきっているのか、
かたくなに言い続けます。
言い続ければ、うそも本当のように自分に染み付いていくのでしょう。
必要なら哀れな演技もします。

でも、実はうそをつきつづけることでしか生きていけない人間だ
ということを、偽牧師は自ら暴露しているようです。

「自分はすごい人間なんだ」というのを、経歴や学歴を使って、
また忙しく動き回ることを見せ付けることで、人にアピールし
続けています。
それは本当に病的なほどです。

このような人物に会ってしまったことは、本当に悲しいことです。
一体、何人の人が、同じ思いをしてきたでしょう・・・。

こんな悲しむ人が、これから先、出てほしくないと祈るばかりです。




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予感があたったこと

2007年8月に記事にした「きっと」というタイトルの中に、

今まで偽教会で仲良くしてきたスタッフ達も、もし、偽牧師が、私が
こんな行動を取っているのを知ったら、まずこんなことを話すと
思います。

「そうだよ、鳥とはつきあっていたよ。
でも、結局鳥は自分の思い通りに結婚できなくて、ダダを
こねているのがああいう行動に出たんだよ。結局俺は、鳥が教会を
担えないと思ったから、鳥のためを思ったから結婚しなかったのに・・・」


そう言われると、スタッフの人たちは
「なんだ、結局は鳥ちゃんがわがままで、それでこんなに極端な
行動に出たんだ。
だって、少し前までは(偽)教会を守るような事言っていたもんね」

・・・どちらにしても、私が悪いという結果になることを言うはずです・・・。


と書いてありました。

そしたら2010年になって、やはり似たようなことを言っていた事が
わかりました。
被害を受けた女性信徒が、まだ教会にいたころに、
「鳥は、俺と結婚したかったみたいだけど、
他の人が『君(その女性)と結婚すればいいのに』というのを
聞いたことで出て行ったんだ」

と言ったそうです。
私は、そんな言葉は一度も聞いたことがありません。
『言った』とされるその人もかわいそうです。

その女性は『何もないのに、結婚したかったということは思わない
んじゃないんですか?』と言ったそうですが、
偽牧師は否定していたそうです。

やはり、やめていった信者に責任を全て負わせるような発言を
していました。

今も偽教会にいるスタッフにも、そのような発言をして、
信じさせているはずです。

このようなことに早く気づいてほしいと、願っています。



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マザーテレサの映画

最近、テレビでマザーテレサの映画を見ました。

偽教会にいたときも見ましたが、そのときよりも
よりよく内容に感動できたと思いました。

マザーテレサのせりふのなかに、
どんな宗教も受け入れるというような言葉があり、
その言葉にすごく共感を覚えました。

おなじクリスチャンであっても、ものすごく
他宗教を敵視する人は近くにもいて、
「そこから引き離さなければ」と必死に考えている
方もいます。

でも、それはクリスチャンだけでなく、別な宗教に
だって「自分の宗教以外の者は敵だ」と見る人が
います。

ただ、私の知っているクリスチャンの方では、
仏教も他の宗教も認めてつきあっている
という人もいます。

お互いが主張しすぎず、お互いの価値観を認め合う
ことができたら、本当にうれしいことだと思います。

だから私はあまり、線引きをしたくないと思うように
なりました。
それはかつての自分がマインドコントロールによって
線引きをする毎日で、それがいかに切羽詰った、
平安のない日々だったかを知ってるからです。

普通よりもそれが強かったため、反動があるかも
しれません。

でも、線引きをする心には、もうなりたくないと思いました。



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